こんにちは。よなたんです。
実は先日ですね、突然ある受験生が訪ねてきまして(笑)

なんと、この一年、ぼくのYouTubeを見て勉強法を学んで宅浪して、
今年、大阪大学理学部に逆転合格したという男の子が、
わざわざ御礼を言いに来てくれたのです・・・!(゚д゚)!

とても嬉しかったのでちょっと話していたら、
「これは受験生にも聞いてほしい内容だな!」と思ったので、
急遽、YouTubeで対談動画を撮ることになりました。

今回はその対談動画と、彼の合格体験記(ぼくへのメッセージ)を載せて、
受験生にも、どんな心構えで勉強してほしいかということを伝えたいなと思います。

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対談動画

 

藤森くんのメッセージ

はじめまして、与那嶺さん。与那嶺さんにとって僕は突然押し掛けてきたただの赤の他人だと思いますし、そんな人からこんなことを言われても困惑されるかもしれませんが、言わせてください。

僕に生き方を教えてくれてありがとうございます。

自分は小学校もまともに行かず中学校一年生は全く学校行かず、けれど憧れた高校はあって、中学校三年生から受験勉強をはじめました。しかし勉強の型も何もなく、苦手に立ち向かわずゆるゆると勉強して、伸びない成績を隠して友達には模試やテストの嘘の結果報告をして、正直毎日が辛かったです。そんなメンタル、実力、内申書で受かるはずもなく、親に家庭教師まで雇ってもらったのに県内最底辺高校に進学することになりました。何もやり遂げず、半端者、それでいてそんな自分が可愛い、 報われない自分が可哀想で、自分だけが悲劇の主人公で、感傷に浸っていました。

ここで変われないと自分は一生何も変われない、このままではクズ野郎になってしまう。

こう思いました。

そんな時にある友達からインスピレーションを受けて高校二年生から神戸大学を目指しはじめました。

しかし道のりは簡単ではありませんでした。
当時は中学基礎すら出来ないことを自覚できていずにとにかくネットで調べた有名参考書を買い集めてとにかく暗記しまくりました。

修学旅行の飛行機の中でも勉強していました。

しかし成績は伸び悩み、偏差値50代から一向に伸びず、焦りと時間のみが進んでいきました。
自分はまだ足りていない、という自覚はあったので人一倍勉強しました。勉強中に寝るなんて言語道断、とにかく量!というスタンスで高3の春、夏、冬と弛むことなく勉強しました。こんなにやったんだから結果は出るだろうと見てみた高3の秋模試、判定はE
絶望しました。諦めずにセンター試験の8割を目指していましたが結果は7割ジャスト。

2次試験でかなりの高得点を出さないとセンター重視の神戸大学は受かりません。
死ぬ気で勉強しました。焦りから河合塾にも入りました。

ですが圧倒的ビハインド、型のない勉強で覆るはずもなく結果は惨敗。

こんなにやったのに…また高校受験と同じ結果かよ、、、結果発表を見たとき涙は一滴も出ませんでした。

やはりカエルの子はカエル。ど底辺高校生はどんなに努力してもど底辺でしかない。そんな感情が神戸大学を目指しはじめた時から心の隅にあったのかもしれません。

前期一本だったので就職か浪人かの二択で浪人を決意しました。

自分はやっぱり悲劇の主人公で、そんな自分は可哀想で、可愛い。、
また高校受験と同じ間違いを繰り返していました。

そんな浪人開始3日目、運命の出会いがありました。

youtubeにあったある動画。

浪人、四月から?遅い!浪人注意報

という動画です。

浪人生は受験を舐めている、浪人生は考え方を変えないとまた同じような感覚で勉強して同じように落ちる。受かりたいなら基準をあげて6月には志望校2次試験合格点まで持っていかないといけない。

雷が落ちました。自分はただのエゴイストで努力したことに満足して全く明確な目標、基準がない。こんなふうに圧倒的基準がある人が受かる人なのか。
次元が違う、この次元に追いつかないと合格はできない。

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そう思いました。

ここで自分の考え方の枠組みが180度回転しました。パラダイムシフトが起こりました。

センター重視で8割以上まず固める
勉強の基本は高速反復とセルフレクチャー

全く新しい現実、自分は何も知らなかったんだなと痛感しました。

とにかく与那嶺さんの動画を見まくりました。
勉強法、メンタル面、フィジカル面

受験は学力だけでは勝てない、本当にそうだと思いました。

毎日全力で生きる、毎日明日が本番だと思って今やれる最高のベストを尽くす。短期集中で苦手分野をやりまくる。バイブル本で型を作る。スポーツと同じように本番では頭で考えているレベルでは意味がない、体が勝手に動くレベルで暗記系、思考系をやらないといけない。

何もかもを吸収し、そして全力でそれを実践しました。

辛かったのは何より自分の過去にとらわれるときです。
女で一つで自分を育ててくれた母は脳に良性のガンがあり年内に手術するためにお金を貯めていました。しかし僕がとても悔しい思いをしたということを知っていたので自分がこの一年浪人のための衣食住のためにそのお金を割いてくれました。
そんな想いに応えないといけない・応えられるのか?三度目の正直、あとはない。これもダメだったら自分はどうなるんだ、また同じ失敗を繰り返してしまうのではないか

そんな思いにかられながら、勉強することでしかこのボンノウは消えない、と自分にいいかせて勉強しました。

記憶系はランニングしながら身体で覚える、勉強は声に出すのが基本、1秒も無駄に出来ない。偏差値50のやつが偏差値50の勉強法で偏差値50の基準でやっても偏差値50でしかない。圧倒的効率、圧倒的密度、圧倒的意識でやらないと新学校で六年間みっちり勉強してる奴らには勝てない。

全て与那嶺さんから頂いた言葉です。
本当にそう思います。

そんなこんなで月日は過ぎて十二月の末、ランニングしてる最中に息苦しさを感じました。母が喘息持ちなので自分もそうなのかなと思い何かあれば母の常備薬を使おう程度の認識で放置していました。

しかし症状は日に日にひどくなり12/31の大晦日に緊急外来で診察すると肺気胸と診断されました。左の肺にポッカリと穴が空いている、今すぐ入院ということになりました。

センター試験の前にこんなこと…自分はやっぱり悲劇の主人公で可哀想で…いや、違うだろ、去年と変わるなら困難でさえぶち壊せ、心の中で誰かが叫びました。左胸に管を通して機械をつけながら、病院の人と家族に勉強できる環境を用意してもらい激痛に耐えながらセンター試験タイムアタックを繰り返しました。

それでも完治せずセンター試験は機械をつけながら、肩の筋肉を動かすたびに走る激痛に耐えて受けました。

センター試験後はすぐに手術。手術後麻酔の副作用で焦点が合わず、吐きそうになりながらも
2次試験でビハインドを作るわけにはいかない。この一年間で一瞬たりとも後退するわけにはいかない。振り返った時に後悔を作るような生き方はしない。
と言い聞かせて勉強しました

辛い時はいつも与那嶺さんの動画を見て辛い状況を冷静に分析し、考え方を変えて力にしました

いよいよ国公立前期試験。この時のメンタルはすごく安定していました。

現実は個人の知覚であり現象は捉え方次第である。
今ある目の前の答えに対して全力で生きる。

何度も与那嶺さんの言葉を繰り返していました。

後期試験の勉強も弛むことなくしましたが今朝、前期試験の結果がわかりました。

大阪大学理学部生物科学科 合格

本当にこの一年は壮絶で、でも振り返るとキラキラ眩く、よく思い出せません。

ネットの出会いは希薄だと言われがちですが、僕はそんなこと思いません。与那嶺さんから教わった生き方、いえ、あり方、は僕の人生に大きな影響を与えてくれました。

この出会いに感謝してもう一度言わせてください。

僕に生き方を教えてくださりありがとうございました。

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