多くの受験生は、自分の安心感を得ることや、
自己重要感を満たすために勉強をしてしまう。

自己重要感とは何か?
自分はできるとか、自分は認められるべき存在だとか、
自分は頭が良いとか、自分は他の人よりも有能だとか。
そういった感覚のこと。

確かに、自信をつけたいのはわかる。
自分を認めて欲しいのわかる。
自分と言う器にたくさんの何かを詰め込んで満たしたいのはわかる。

しかし、自分を認めて欲しいと言う承認欲求と言うものは、自分にとって毒にしかならない。
ジャンクフードたくさん食べ過ぎると体調壊すように、
そういった承認欲求、自意識で自分を満たしすぎると、調子を崩してしまう。

受験生だけではなく、多くのスポーツ選手や、
有名人、成功者と言われる人たちも、
自分の自己重要感を出したいが為に成功している人もいる。

しかしそれがあまりにも過剰になりすぎると、
自分の自己重要感を満たしすぎて、調子を崩してしまうこともある。
最悪の場合、事故にあったり、スキャンダルになったりすることもあるのだ。

受験生の場合、成績を上げたい気持ちは良いのだが、その裏にある目的を考えてみると良い。

  • 何のために成績を上げたいのか? 大学に受かりたいから?
  • では何のために大学に受かりたいのか? 自分の夢を叶えるため?
  • では何のために自分の夢を叶えたいのか?

自分の動機を深掘りしてみよう。

もちろん、モチベーションの動機に善悪などないのだが、
自分の自己重要感を満たすために大学受験をしている人は、
残念ながら成績も伸びにくい。

  • 誰かに自慢したいから良い大学に合格したい。
  • 人よりも優れていたいから良い大学に合格したい。
  • 馬鹿にしていた誰かを見返すために良い大学に合格したい。

このような動機で勉強している人は成績が上がりにくいものだ。

むしろ、成績が上がってしまっては困る。

なぜならそういった自己重要感で自分を満たしたいと思っている人が、
成績をあげたり高学歴になってしまうとどうなってしまうだろうか?
想像してみて欲しい。

さらに自分の自己重要感を満たすために、
人のことを馬鹿にしたり、人に優劣をつけたり、
人のことを認められない人間になってしまうだろう。

逆転合格したいならば、周りのみんなから、
この人に合格してほしいと応援されるような人になってほしい。

そう考えてみると、大学受験をする目的や意図が何より大事なことがわかると思う。
自分の自意識や自己重要感を満たすために勉強するのか。
人のために役立っている自分になるために勉強するのか。
その差は歴然である。

勉強ができる、できないで考える次元を卒業しよう。
自分は勉強ができなくてだめだなと考えている人は、
自分が勉強ができる立場になると、上下意識で人のことを見てしまうかもしれない。

勉強なんて、究極できてもできなくてもどっちでも良い。
勉強できる自分でも素晴らしいし、勉強できない自分でも、もともと素晴らしい。

そんな前提をもって、
純粋にもっと成長したいとか、もっといろんなことを知りたいと
いうような学習欲求のもとで勉強できる人が成績を上げられるものだ。

模擬試験の判定で一喜一憂している人は注意が必要だ。
過去問を解いてその結果で一喜一憂している人も要注意。

そうやって外のことを気にしたまま勉強していても、
真の学びにはならない。

本当の勉強していこう。
本質的な学びを得られるように勉強していこう。

成績を上げようとせずに、ただただひたすら懸命に学んでいく。
学びを深めていく。日々淡々とトレーニングをしていく。
そうするとを成績が上がっていく。

恋愛でも、モテようとすればするほどモテないのと同様だ。
モテなくてもいいよと思うような人がモテるものだ。
この法則は受験勉強でも当てはまる。

  • 成績を上げようとしすぎるよりも、日々の勉強のプロセスを徹底的に丁寧に行っていく。
  • 本質的な勉強をしていく。
  • 丁寧に理解を深めていく。
  • できるようになるまで何度も何度も反復トレーニングをする。
  • 解説を自分の言葉で説明できるように何度も何度も参考書を読んで、自分の言葉で説明する練習をしていく。

こんな勉強していれば、
成績が上がらないわけがない。

 

あなたは日々、何のために勉強しているだろうか?

純粋に学習をしているだろうか?

無理に成績を上げようとしすぎてないだろうか?

判定とか人の目ばかり気にしていないだろうか?

自分の下手な自己重要感や、
程度の低いプライドを満たすためだけに勉強していないだろうか?

 

世の中的には、「自己重要感を高めよう」
ということが声高に言われているが、
真の自己重要感とは、そんな程度の低いものではない。

せっかく大学受験をするなら、
私はそのような程度の低い自己重要感ではなく、
真なる自信、真なる自己信頼、
真なる自己重要感を持てるように勉強しよう。

 

学べば学ぶほど、自分なんてカスだって思えるかどうか。
だからこそ謙虚になれる。だからこそとことん人に頼れるのだ。

「自分はできる」という思いと「自分はなにもできない」
一見、相矛盾するこの考えを統合することができるかが、受験勉強の極意だ。

 

いまこそ、
真なる学びをしていこう。

焦らず、ゆっくり、丁寧に。
外的なもので自分を満たすのではなく、
真なる学び・成長によって自分を満たしていこう。